夜噺屋もぎ の よもやま話

屋号『夜噺屋』とつけた理由…

 

その昔、MOGIはライブハウス兼ショットバーでした。

主人が音楽を奏でる人でもあり音楽仲間もよく集まっていたし演奏もしていました。

遠くから来たミュージシャンたちはいつもは朝までその店で飲んで始発にて帰ることもできました。

そんなミュージシャンたちは閉店してからそれも出来ずに私たちの自宅に宿泊したりとしておりました。

その際に我が家のキッチンで朝まで語る話がこれまた面白い。

誰かに聞かせたいくらい面白い。

今度は小さくて音楽を生で演奏はとても無理な場所なのでせめてその頃に聞けた音楽話をカウンターで聞けたらいいなと思うのです。

店をはじめようと決心した時にそんなことが頭にあったので『夜噺屋(よばなしや)』という言葉が生まれたわけです。

そんな音楽大好き人間や興味がある方々がそっと夜を過ごしにいらしてくれたら最高だな…

 

 

 

夜噺屋 もぎ 開店にまつわる お話

尾瀬のママ須藤さんと弥生ちゃんの息子慎太郎君
尾瀬のママ須藤さんと弥生ちゃんの息子慎太郎君

ここには『尾瀬』という飲み屋さんがありました。

17年間、頑張ってきました。

このお母さんは、元々はこの先にあった料亭『魚久』で働かれていた方。そのお仕事を終えて、その時の経験を生かしここでお店を。ご主人亡くされ独りでよく頑張ってこられました。

そして、そろそろ疲れちゃったなと漏らしたのを聞いてしまった魚久の娘であるmy友人弥生ちゃんがかおるママに連絡をくれたのです。

この後に入らない?

この言葉を聞いて『やろう!』ってさらっと思いお母さんにお会いして、あれよあれよという間にかおるママが引き継ぐはなしとなったのであります。

ということで店の名前は変わっても、この『魚久』そして『尾瀬』の心を大切に引き継ぎ『継続』っていう形でお店が開いていたらいいんではないかなと思うのです。

 

こんな理由もあり、オープンという形ではありますが親の介護をしながらひっそりゆっくりと始めたいと思います。

みなさま、ひっそりと応援よろしくお願いいたします。

 

かおるママ

 

 

その昔『ショットバー&ライブスポット mogi』なんていうお店が

青梅駅前ロータリーあたりにありました。

そこではひづめっていう夫婦がなんやかんやと忙しく働いておりました。

或る日、同じようなスタイルで同じようなお店を経営していた友人が突然亡くなりました。なんだか同じこと続けていたら自分たちの体にも自身が持てないなぁ。

そんな不安もありそして諸々考えた末にお店を閉める決意をしました。

7年と3ヶ月。

短いようで長い。長いようで短い。

その間には色々とありました。

沢山の方々に支えられて来たという実感も沢山ありました。

しばらくは体や心、生活を立て直す時間も必要でした。

今、夫婦共々しっかりと歩いてゆけているか?

それには…答える事は出来ないかもしれない。

でも、一緒にがんばろうという気持ちだけは自身があります。

今はそれぞれに違う方法でがんばっているけれど気持ちはひとつ。

毎日、実感しています。

周りの沢山の方々に支えられ助けられている実感ももちろん。

 

ここで突然の話しの流れもあり、かおるママが独りで店を開店するにあたって、周りの方々にもご心配をおかけすることもあるかと思いますが、地道にゆっくりひっそりやってゆきたいと考えております。

主人も縁の下の力持ちとなってかおるママを支えてくれる覚悟です。

皆様、なにとぞよろしくお願いいたします。